オサムが、英検をめざすことになった。英検5級というと、中学1年生で習う領域なので、それを中学1年の6月に受けようとすると「自習」が必要になる。かなりハードルは高い。
「中学1年では4級までとっておくと、高校受験の内審がよくなるからね」
横浜に住む中学2年の女の子、早紀ちゃんのお母さん、幸子さんは、スライスしたポテトを素揚げにしつつ、ニコニコしながら言った。英検や数検の賞状が飾ってある壁にもたれて、早紀ちゃんも、「そうだよ!」と無邪気に笑っている。オサムは、私の友達の家に行ったこのときの光景に、かなり衝撃を受けたようだ。帰りのバスの中で
「オレも英検やってみっかなー」
とぽつりと言った。これを逃す手はない!
「絶対できるって!オサムくんは賢いしね!大丈夫だよ!そしたら、お兄ちゃんよりすごいね!お兄ちゃんは中学2年でとったって言ってたもんね」
私は、ここで一気に決めようとばかり、「お兄ちゃん」という台詞をあえて出してみた。
これは、オサムのやる気ボタンのツボだ!
6歳年上の兄と7歳年上の兄の存在は、オサムにとっては大きな壁だ。幼いときから、いつもしいたげられていたからか?普段の生活の中では、兄の言うことは絶対なのだが、兄に勝つことはオサムにとっては将来の目標なのかもしれない。成績表を持って帰ったときも、しげしげと、兄の昔の成績表と自分のものを、秘かに比べていたことを私は知っている。高校も、兄よりレベルの高いところはどこだ?と偏差値を見比べていたことも知っている・・・
そして、兄がピアノを弾いているオサムに「お前、すげーな」と声をかけた後、一人でボソボソ「そっか、オレってすげーのか・・・」と何度もニヤニヤしていたことも知っている・・・
だから、「英検を6月に受けることはお兄ちゃんよりスゲーこと」だと感じたら、きっとやる気になるに違いない・・・と思ったのである。
さて、次の日から、英検ダッシュが始まった。なにせ、4月に入ってから体育祭やなにかで、4月下旬なのに、まだ、学校ではハローとか、ギターなんかしかやっていない。しかし英検を受けるためには、6月にテキストを全部マスターしなければならないのだ!私は久々に中学の英語の教科書を開け、目が点になった。なんと、ABCの歌の次のページがいきなり、「Do you like soccer?」である。だいたい、英語の1ページ目といえば「This is a pen」じゃないの?これは、会話としての英語を重視するようになっている証だろう・・とはいうものの、やはり戸惑いは感じた。Lesson2はいきなりHow many・・・だ。文法的な法則なしにいきなり英語のシャワーとなると、とにかく聴くしかない。早紀ちゃんのおさがりのCDを聞きながら、オサムは独自にわけのわからないまま、CDの英語をウォークマンで聞いていた。
効果はバツグンである。私がいうとモモは「ねくたー」だが、彼が言うと「ウェクトゥァー」という感じで、かなりRとLやTHはコテコテの千葉人とは思えない発音である。すばらしい!さてさて、では単語をどれぐらい覚えたか言ってみよーということで、夕飯の準備のときにソラマメをむきながら、
私:「りんごは?」
オサム:「エァポォウ」
私:「オレンジは?」
オサム:「ノォレンジ」
私:「じゃ、東は?」
オサム:「ウィーストッ」
私:「西は?」
オサム「ウィェストッ」
私:「南は?」
オサム:「オッキヌァーア(沖縄)」
私:「ん?」
オサム:「・・・・・?」
彼は、ありゃりゃ・・・という照れ笑いを浮かべて「なんだったっけ・・・」と鞘から出したソラマメを手の上で転がしながら、ぼそっとつぶやいた。私は、あまりにもすばらしい発音が続いたあとだったので、「南=オッキヌァーア」に洗脳されてしまい、度忘れしてしまった・・・
「えっと・・・えっと・・・」
私の頭の中で、エデンの東がイーストオブエデンで、南十字星がサザンオールスターズだから・・・と和訳が急展開ではじまり、ようやく
「さうすだよ」
というと
「そうだ、ソゥウスだ」
彼は、ネイティブ発音で、見事に回答した。このままいけば、目も青くなるのではなかろうか? 私のオサムに対する期待はますます膨らんだ。
しかも、これだけでは終わらない。強力な助っ人が現れた。それは大学受験を目指している、永遠のライバル、兄である。塾で中学生を教えるアルバイトをはじめようとしている長男のカズキに、
「塾と同じ時給はらうから、私が仕事でいないとき、英語教えてやってくれないかなぁ」
と、夕飯のときに頼むと
「金はいらねぇよ。オサム、分からなかったらいつでも俺の部屋へ来い。よし、するべ」
と、頼もしい返事をしてくれた。さらに、さっそく今日やろうと言うのだ。これにはオサムも、サッカーで疲れたとは言っていられない。
さて、兄の手ほどきの英語がはじまった。
「とにかく、読むんだ。読んで、辞書ひけ」
これが兄の必勝勉強法らしい。教科書を二人で読んでいく。
「よし、オレがユミでお前がマイクだ」
英語を読んでは、日本語に訳す。
「I have aTV in my room・・・どういう意味だ?言ってみろ」
「私は部屋にテレビを持っています」
「そんなクソ面白くねぇ言い方しなくていいんだ。いつもお前が言ってるような言い方でいいべ」
「じゃ・・・オレは部屋にテレビあるぞ」
「おーそうだ!それで次も言ってみろ」
オサムが、少しリラックスした表情で、英文を読む。
「Do you have a TV?・・・お前、テレビ持ってるか?」
「よし、次はオレだな。Yes, I do.I have a CD player too. もち、持ってるわよ!CDプレーヤーだってあるのよ!」
坊主頭の18歳、中学生のユミになりきっている。
「Really・・・」
「お前、もっとマイクになれ!それじゃ日本人じゃねぇか。ガイジンマイクになって、驚け!」
「え・・・ガイジンマイクって・・・」
兄は、両肩をくすめて、眼を広げ
「Really!映画でよくこうやってるだろう。もっと、まじかよーって感情こめろ!感情こめて読むんだ。そうすれば頭に入ってくるんだ」
その後も、坊主頭のユミと、ハニカミ日本人マイクは、1時間以上、寸劇を行っていた。
私は、笑いをこらえるのに必死だった。ただ面白いだけではない。兄の教え方の中で私が今後取り入れようと思ったことは、いつも勉強しているときに「俺らが知りたい単語は・・・」といった感じで、いつも主語が「お前」ではなく「俺たち」だったことだった。勉強は、「お前」一人でやっているのではなく、「俺たち」一緒にやっている。この姿勢は、これからも私は意識して取り入れていこうと思った。
兄の特訓もあり、オサムは無事合格した。受験生が2人もいる今年の我が家に「落ちる」とか、「すべる」は禁句である。オサムとて、そうなってもらっては困るのだ。9月に4級を目指すらしい。ガンバレ オサム!
最近のコメント